桑山 幹夫(ラテンアメリカ・カリブ研究所 シニア・リサーチフェロー)
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はじめに
2025年4月の第2次トランプ(2.0)政権による関税導入から10か月が経過したが、ラテンアメリカ・カリブ(LAC)経済への影響は限定的とみられる。これは、他の新興国や地域に比べ、相互関税率および実効関税率が低く、それが緩衝材として機能したためである。トランプ関税の影響が懸念された銅やアルミなどの鉱金属、および大豆、食肉、コーヒーなどの農産品の価格は安定しており、LAC諸国の貿易額も前年比で横ばい、マクロ経済のファンダメンタルズも堅調に推移している。より重要なのは関税や経済制裁が、非正規移民の規制や経済安全保障といった外交的・地政学的な目標を達成するための強力な「交渉ツール」として利用されている点である。本稿では、この「ディール外交」が、関税を通じて、LAC地域に与える影響の本質について考察する。
高関税で脅す「ディール外交」とは
トランプ氏の「取引の技術(The Art of the Deal)」は、脅しと交渉で相手を劣勢に追い込む威圧的な外交手法である。トランプ1.0時代には、移民阻止を目的としてメキシコ製品への関税を警告するなど、主に国境管理の手段として関税を利用した。トランプ2.0では、この「ディール外交」をさらに広範に展開している。具体的には、非正規移民の阻止や強制送還要求、国境管理、違法薬物対策やテロ組織の制圧、エネルギー安全保障、そしてパナマ運河や重要インフラをめぐる対中覇権争いといった課題に対し、追加関税などの経済的圧力を駆使して米国が望む結果を引き出そうとしている。関税は、単なる貿易赤字の是正にとどまらず、一種の緊急制裁措置として利用されている。
トランプ大統領は2025年1月、国際緊急経済権限法(IEEPA)を適用し、非正規移民と麻薬の流入を理由に、メキシコ製品に最大100%の追加関税を課す可能性を示唆した。メキシコのシェインバウム大統領は、州兵を派遣して緊張緩和に努め、その結果、関税の発動は3月に延期された。この事例は、関税の脅威が強力な外交手段となり得ることを示している。
トランプ大統領は4月、水資源条約違反を理由にメキシコへの関税賦課を示唆し、圧力をかけた。これに対しメキシコは、自由貿易協定(FTA)非締結国への関税法案を提出し、対米重視姿勢を強調した。メキシコ議会は12月、FTAを締結していないアジア諸国からの1400品目超に対して5~50%の関税を課す法案を可決した。シェインバウム政権は、この措置を通じて、トランプ2.0の対中牽制の動きと歩調を合わせつつ、国内産業を保護する狙いがある。同じ12月、トランプ氏は、「水資源条約違反」を理由に、メキシコへの5%の追加関税を警告した。両国は9月、米国・メキシコ・カナダ協定(USMCA)の見直し交渉を前倒しすると発表した。しかし、トランプ2.0による協定離脱や二分割の可能性は依然として残されている。これは、関税圧力と協力が混在する、トランプ流の「ディール外交」の一環である。
トランプ氏の「ディール外交」は、コロンビアに対して移民と麻薬問題をテコとして適用された。2025年1月、コロンビアのペトロ大統領が非正規移民を乗せた米軍機の着陸を拒否すると、トランプ氏は25%の関税で威嚇した。しかし、同国が移民受け入れに同意したため、関税は回避された。さらに10月、トランプ氏は麻薬生産の増加を理由に、コロンビアに対する援助打ち切りと関税導入を発表し、加えて、米軍による船舶攻撃も実施した。これに対し、コロンビアは、大使を召還して抗議するなどし、両国間の外交および安全保障上の緊張は一気に高まった。
トランプ2.0は、選挙改革の拒否と、麻薬テロ組織への支援を続けるベネズエラのマドゥーロ政権に対し、強力な圧力をかけている。3月には、石油事業ライセンスの一時取り消しや、ベネズエラ産原油への25%追加関税の適用など、経済制裁を強化した。さらに8月からは、麻薬密輸船への攻撃や空域封鎖の警告など、「最大限の威嚇」を実施し、政権転覆を