『大使とその妻 上・下』 水村 美苗  | 一般社団法人 ラテンアメリカ協会

『大使とその妻 上・下』 水村 美苗 


『大使とその妻 上・下』

水村 美苗 新潮社

2024年9月 上-339頁 下-343頁 各2,000円+税 ISBN978-4-10-407704-5、978-4-10-4077705-2

 

軽井沢の別荘地に住む米国人男性(だが同性愛者であることを自覚している)でケヴィンは将来を嘱望された兄を事故で失い、姉にはなじられて育った過去をもつ。日本にのめりこんで日本文化の良き理解者となったのもそれが大きな理由らしい。彼の山荘の隣りに京都の宮大工が来て新たな能舞台にも使えるテラスをもつ家が建てられる。その新しい隣人は南米で大使を務めた元外交官篠田周一で、彼が全力で守ろうとする妻の貴子は、後に交友が始まり親密な関係になるにつれてブラジル生まれで、日本の敗戦を長く信じなかった「勝ち組」の活動家として「認識派」と目した者を殺害した容疑者として服役した父を持ち、自身は日本の本雑誌を扱うサンパウロの本屋の老夫婦に引き取られ、自称ジェリーデザイナーで英語や日本の伝統芸能を駐在員子女教える北條(ほくじょう)夫人に日本舞踊の才能を見込まれ、彼女の私塾に引き入れられ能などの日本文化と躾けを厳しく叩きこまれて育ったことが明らかにされた。ケヴィンは次第に貴子に惹かれつつ夫妻との交流を大事にしてきたが、周一の母の危篤の折りに京都の実家に夫婦が赴いたまま彼らとの連絡が途絶え、かなりの時が経ってメール、手紙で知らせてきた時には二人がブラジルに戻っており、元大使が新型コロナでブラジルで亡くなったことが判明する。

物語はケヴィンの米国の家族との微妙な関係と篠田夫妻との軽井沢での交友、そして貴子が語る一家での渡伯、移民入植から父親の出奔、サンパウロでの山本書店での生活、現われた北條夫人の独特な日本文化理解のための教育、サンパウロ大学法学部へ入学し弁護士となって篠田と出会って結婚し、彼の外交官としての引退を機に日本へ初めて渡り軽井沢の別荘地生活を始めたことが語られている。貴子を取り巻くブラジル日本移民の苦闘の開拓史、勝ち負け組抗争、日系人の出稼ぎ現象などの状況が下巻において語られていて、ブラジルと日本の近代史における一面が背景とし、日本の伝統文化の承継のあり方にも触れていて、読み応えがある小説となっている。

〔桜井 敏浩〕