現代ラテンアメリカを代表するメキシコの詩人、批評家、外交官であるオクタビオ・パス(1990年ノーベル文学賞)の詩作品のなかでも隋一の重要性をもつ長編詩の邦訳。
この長編詩はこれまで世界各国のあらゆる世代を魅了し、各国語に翻訳されてきたが、本格的邦訳は残念ながら存在しなかった。パスはメキシコ人のアイデンティティを追求した『孤独の迷路』(1950年)という不朽の名作(散文)を残したが、その7年後に発表されたこの長編詩はある意味で自己のアイデンティティを追求したもう一つの「孤独の迷路」といえるかも知れない。パスは自分自身の内面に向かって終わりのない旅を続けた詩人であった。この詩の魅力は11音節によるリズミカルな語り、イメージによる観念の表現、そしてその内容の哲学性にあるのではなかろうか。外交官として日本やインドにも駐在、俳句や仏教に傾倒し東洋文化に精通したパスの宇宙観・自然観、人間観、生と死、男と女、永遠の回帰の思想などその魅力は尽きない。
大岡信氏によるパス追悼のエッセイやパスに捧げる詩、パスと親交のあったドナルド・キーン氏のエッセイ、パスと『奥の細道』スペイン語版を共訳した林屋永吉氏による回想記なども収められており、これらも詩人パスの人柄を知るうえで興味深い。
なお、この翻訳はパス生誕100周年を記念して刊行された。また、本書は東北在住の訳者を含めた多人数での共訳ということ、さらに出版部数のおよそ20パーセントが東北被災者への義捐金に回されるボランテイア精神の産物であるという点を特徴としている。
〔伊藤 昌輝〕
『ラテンアメリカ時報』2014年春号(No.1406)より
(オクタビオ・パス 阿波弓夫、伊藤昌輝、三好 勝=監訳 文化科学高等研究院出版局 2014年4月 126頁 1.800円+税)