ペルー北部アンデスで行った東大の考古学調査で、地元民から発掘作業の「仕事をくれたことには感謝している。だがあなたたちさえ来なければこんなひどいことにはならなかった」と言われたのは今でも胸に突き刺さっているという。重要な遺跡と判明し、ペルー政府文化庁が文化財保護を理由に遺跡範囲を認定して長く周辺で暮らしていた住民を追い出そうとし、深刻な土地をめぐる対立が起きたからで、これを契機に考古学者と行政当局がこれまで視野に入れてなかった地域住民に目を向けなければならないことを痛感する。遺跡破壊は自然要因のほか地元民の農牧業や煉瓦作りなどの生業、不法占拠、盗掘に因ることが多いが、不法占拠者や盗掘者と対話することにより、彼らの文化遺産でもある筈の遺跡の破壊を躊躇しないか、その論理、歴史観に耳を傾け過去との断絶を知る。
後半は、南部アンデス山頂で発見されたいけにえ少女のミイラを、日本に出して展覧会を開催することへのフジモリ政権の文化政策批判騒動から見事に阻害された地元民の「文化財は地元自分たちの物」といいつつも古代文明との連続性を考えない歴史観の相違があることを指摘している。そしてエクアドルでのインカ遺跡の入場料配分に端を発した地元民の管理体制変更要求が、国や先住民全国組織の意向で意図しなかった方向で決着したことは、「住民参加」の住民が多様であるとともに、冒頭ペルーでの文化行政当局と地域社会の対立と同じ構図ではないかと気付く。終章ではクントゥル・ワシ遺跡発掘の成果を地元の村に建設し、村人が運用している博物館の、いわば成功例ともいえる事例と、著者が今取り組んでいるパコパンパ遺跡で、これまでの経験で得た知見を活用して、この文化遺産をどう活かしていくかを模索するところで終わっている。
文化遺産保全といわれなかなか口をはさめない地元住民の遺跡への思いを、関係者へのインタビューや過去の文献資料調査、フィールドワークで解明し、文化遺産の保存や活用を地域住民と模索しようという、気鋭のアンデス考古学者の意欲に溢れた好著である。
〔桜井 敏浩〕
『ラテンアメリカ時報』2014年春号(No.1406)より
(関 雄二 臨川書店 2014年2月 214頁 2,000円+税)