執筆者:桜井悌司(ラテンアメリカ協会常務理事)
ジェトロ(日本貿易振興機構)に41年間勤務したが、幸運にも4つのプロモーション活動に従事することができた。すなわち、輸出振興、輸入促進、日本企業の海外投資、外国企業の日本への誘致である。一国の発展を図るには様々な方法があるが、外資誘致は、最も効率的な方法である。それゆえ、世界の指導者は、自国への投資の誘致を外国企業に呼び掛ける。ラテンアメリカ諸国政府のリーダーも同様である。しかし、外資誘致業務は、4つのプロモーション活動の中で最も難しく、チャレンジが伴う仕事である。なぜなら、輸出振興と比較して、①より多くの経験・ノウハウが必要とされること、②数多くの外資誘致に関する法律・ルールの知識が求められること、③様々なステークホルダーが存在し、それぞれとの信頼関係の醸成が必要であること、④ポテンシャル・インヴェスターの探索といったマーケテイング能力が必須となること、⑤誘致活動ともなるとセールスマンシップの精神が重要であること等々が要請されるからである。ラテンアメリカ政府の要人も頻繁に日本企業に自国への投資を呼びかけるが、これらの重要なポイントを理解していないケースが多い。
本稿は、ラテンアメリカ諸国の投資誘致責任者へのアドバイスを念頭に執筆したものであるが、日本企業の海外投資担当者が、現地で意見交換するときの話題として活用できよう。
ラテンアメリカの政府、企業の要人が、投資誘致の仕事の難しさを理解し、より積極的に展開する上で役立つことを目的とし、スペイン語やポルトガル語の8つのCに集約したものである。8つのCとは、
1)Consenso Consenso(合意・総意)
2)Conocimiento Conhecimento (知識)
3)Competencia Competência(競争)
4)ComparaciÓn Comparação (比較)
5)CooperaciÓn Cooperação(協力)
6)ComunicaciÓn Comunicação(意思疎通)
7)Confianza Confiança(信頼)
8)Continuidad Continuidade(継続性) である。
筆者は、JICAの研修生に対して時折、研修のための講義を行うことがあるが、その際。それらの8Cに基づいて紹介すると、理解が容易になるようである。以下説明する。
政府の要人は、自国のポテンシャリティをアピールし、投資を呼びかける。しかし往々にして口先だけのことがほとんどである。外資を誘致する場合は、一国の大統領、大臣、政府高官、州市の組織のトップ、高官、政府の投資誘致機関、財界等のあらゆるレベルのの関係者の合意が必要なのである。トップが投資誘致の重要性を強調しても、下が行動しなければ機能しないし、他の関係機関が無関心では成果が出ない。組織の非効率性や官僚主義にも立ち向かわなければならないし、関係者全員が外資の誘致を歓迎するという姿勢を示し、具体的行動が伴うことが望まれる。
孫氏の兵法にある「敵を知り己を知らば、百戦危うからず」は有名で誰もが知っているが、この諺は、マーケテイングで大いに活用できる。投資誘致でいうと、敵は海外の投資家であり、かれらの投資に当たっての考え方や意向を徹底的に理解する必要がある。さらに、ライバル国の投資誘致戦略・政策も研究しなければならない。己は、自分たちの国の投資戦略であり、投資政策である。自国の外資法の特徴、強味、弱みも知識として持っていなければならないし、優先的誘致の業種や各州の投資誘致政策、考え方、自国の合弁相手の動向も知っておく必要がある。広範囲の情報、知識、経験・ノウハウが必須である。
アジア諸国と比較し、ラテンアメリカの投資誘致は、競争が少ないという印象である。ラテンアメリカは、広大で、面積も大きく、資源にも比較的恵まれている。大国として、ブラジル、メキシコ、中国としてコロンビア、アルゼンチン、ペルー等があり、後は、人口2,000万人以下の国が多い。総じて競争が激しいという印象は薄い。アジアを見ると、中国、韓国、台湾、ASEAN諸国等外資誘致に激烈な競争を繰り広げている。外資誘致組織も、韓国のKOTRA,タイのBOI,マレーシアのMIDA等優秀な組織が多い。また州、県単位の競争も激烈である。中国や韓国は特に省・州・都市レベルで競争を繰り広げている。筆者は、ラテンアメリカの貿易・投資誘致機関に対しては、近隣国のみならず、アジアの中国、韓国、ベトナム、タイ、インドネシア等もライバル国として考慮に入れ競争心を持つよう主張している。
多くのラテンアメリカ諸国の投資誘致セミナーに参加して気づくことは、一方的に自分たちの投資環境や投資誘致政策を説明するが、他のライバル国の投資環境との比較で紹介することは極めて少ない。当然ながら、自国の投資環境には、強味もあり弱みもあるはずだ。それらを他のライバル国と比較してうまく説明すれば、外国投資家はよりよく理解できるだろう。投資誘致機関の職員は、少なくとも近隣諸国の投資誘致策や外資法の内容等を研究し、いつでも自国のそれと比較できるようにしなければならない。また州ごとの投資制度、投資優遇制度についても熟知する必要がある。
投資誘致に当たっては、関係するあらゆる組織が協力することが必須である。投資誘致に関係する省庁や部局は多岐にわたる。投資誘致を担当する商工省、政府の投資誘致機関、財務省、労働福祉省、農業省、鉱業省、地方の州政府、人材訓練機関、経済団体、産業連盟、商工会議所、銀行、海運業、通関・輸送業等々である。また外国の大使館、総領事館、外国の商工会議所とも関係する。これらの組織が協力して投資誘致を推進することが成果を生む秘訣である。関係機関間の密接な協力なしには、目的を達成できないと理解すべきである。
海外の要人は、常に自国の投資市場としてのポテンシャリティや魅力を訴える。しかし、残念ながら、それらの情報が十分でないため、投資国のポテンシャリティ、投資制度がほとんど伝わっていないことがほとんどである。ラテンアメリカの政府関係者の中には座っていても外資がやってくると思っている要人が少なからずいる。外国人ビジネスマンは、相手国の経済事情、投資・ビジネス環境、外資法、投資インセンテイブ等について十分に承知していないという前提で、粘り強く情報発信することが望まれる。またポテンシャル・インヴェスターに対しては、懇切丁寧に自国の投資・ビジネス環境を伝え続けるようにすべきである。
外資誘致当局が外国資本からの信頼を得るにはどうすればいいかを考えてみよう。
まず、第1に政府の高官は、常々「外資を歓迎する」旨のメッセージを発し続けることが大切である。第2に、定期的に、大小を問わず投資勧誘のミッションを対象国に派遣し、投資環境を説明することが望まれる。第3に、ポテンシャル・インヴェスターには誠実に対応し、必要な情報を積極的に提供したり、関係者とのアポイントの取得等の協力を惜しまないようにしたい。第4に、各種法制度、外資法、税制、インセンテイブ等についての制度変更は極力行わないことも重要である。第5は、既進出の外国企業の意見をよく聞くこと、そして改善すべきことがあれば、迅速に実行に移すようにすれば、外国投資家の信頼を勝ち得ることができる。投資には、主としてグリーンフィールド(新規投資)と既存設備の拡張投資があるが、拡張投資も極めて重要であることを認識すること、第6に、可能な限り、自国にある外国商工会議所や外国の投資誘致機関と意見交換の機会を持つこと、等々が挙げられる。
80年代に欧米から多数の投資誘致ミッションが来日し、東京や大阪で「投資誘致セミナー」を繰り広げた。米国の各州の州知事が毎年ミッションを率いて訪日した。ジェトロはセミナーの組織で大忙しであった。その後数年たって、日本企業の北米投資の動向を見ていると、熱心に誘致活動を繰り広げた州に多くのの本企業が進出していることが判明した。ミッションの継続派遣が功を奏したのである。
筆者のささやかな経験でも、継続が重要であることがわかる。昔1980年代にチリのサンテイアゴに駐在していた時の経験である。何とかして、チリに日本企業を誘致すべく、チリの投資委員会(Comite de Inversion)の事務総長(Secretario Ejecutivo)を3年連続で来日してもらった。2回はジェトロと日本プラント協会がそれぞれ招へいし、1回は委員会の経費であった。3年連続し、東京と大阪で投資誘致セミナーを実施したところ、少しずつ効果が表れ、日本企業のチリへの投資が増加し始めた。
投資誘致の成果は一朝一夕で出てくるわけではなく、最低でも3年、できれば5年くらい継続して努力をすることが大切である。日本へは、必ずしも大デレゲーションで派遣する必要はなく、投資誘致組織のトップないしはそれに準ずる人物1名だけでも良いのである。要は継続することが重要で、常に自国の投資環境を訴えることが求められるのである。
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https://latin-america.jp/download/29823