著者は一貫して文化人類学の手法からアルゼンチンに住むユダヤ人の家族の姿に迫り、現代に生きるユダヤ性とは何かを探求してきたが、本書ではまずユダヤ人・ユダヤ教についての前提知識と歴史、アルゼンチンのユダヤ人の民族誌的背景を述べ、アルゼンチン的とユダヤ的の境界が曖昧になりつつある中で、家庭内の食と暦の規範と儀礼の変容、家族との記憶とアルゼンチン市民・ユダヤ人としての記憶がどう問題視されるかを論じている。
そしてユダヤ的重さ、軽さの精神的探求を、ある小規模グループに集う人たちの儀礼を通じて考察し、最後に世俗的な共同体としてのユダヤ人のあり方、現代のユダヤ人が記憶とともに生きる意味を纏めている。ブエノスアイレスでのユダヤ人家庭に入ってのフィールドワークの経験、執筆時に滞在したイスラエルでの環境の中で生きられるユダヤ性との経験、観察を基にした本研究は、日本人がとかく知ることが少ないユダヤ人、それもアルゼンチンで生きるユダヤ人の生活や考え方を知る上で貴重な研究成果をもたらしている。
著者は、文化人類学・ユダヤ学専攻の若手研究者で、国立ブエノスアイレス大学客員研究員を経て、執筆時日本学術振興会海外特別研究員(PD)としてイスラエルのテルアビブ大学にリサーチフェローとして在任、既著に『アルゼンチンのユダヤ人 -食から見た暮らしと文化』(風響社 2015年)がある。
〔桜井 敏浩〕
(世界思想社 2020年9月 312頁 3,800円+税 ISBN978-4-7907-1744-7 )
〔『ラテンアメリカ時報』 2021年秋号(No.1436)より〕