連載エッセイ333:松本廉 「メキシコとドラゴンボール」 - 一般社団法人 ラテンアメリカ協会

連載エッセイ333:松本廉 「メキシコとドラゴンボール」


連載エッセイ333

メキシコとドラゴンボール

執筆者:松本廉(東北部日墨協会文化部長兼メキシコプロ野球通訳)

ありがとう、ドラゴンボール。

ありがとう、鳥山明先生。

もし、世界人間国宝という勲章があるならAkira Toriyamaは間違いなく受勲しているだろう。

メキシコ時間の2024年3月7日に世界的漫画家、鳥山明の訃報が発表された。

私が初めてメキシコに来たのは15歳の時だった。AFS交換留学プログラムでやって来た。スペイン語はもちろん、英語も全く話せない状態だったが、メキシコ人の懐っこい人柄もあり、すぐに馴染むことができた。私が日本から来たことを知ると、メキシコの同級生たちからすぐさま出てきた話題がドラゴンボールだった。私は「ドラゴンボールの国から来た子」だった。たくさんの質問やドラゴンボール愛を語ってくれた。

1994年生まれの私は、ワンピース、ナルト、ブリーチなどの漫画に親しんだ世代で、ドラゴンボールは少し上の世代である。友達のお兄ちゃんたちが熱中していた。それでもドラゴンボールのテレビアニメはケーブルテレビのアニマックスで毎日、再放送していて、夏休みは毎日2話の放送を楽しんでいた。

主人公の孫悟空というキャラクターには、男子なら皆、一度は熱中したであろう。それは言葉、文化の壁を超えていた。メキシコでもドラゴンボールの大旋風が巻き起こっていた。主題歌もスペイン語版があり、こちらのカラオケで歌うとみんなが大合唱していた。

私は、関西外国語大学スペイン語学科を2017年3月に卒業した後、すぐに渡墨して、メキシコ第二の都市モンテレイにある国際交流団体、東北部日墨協会の文化部で働くことになった。仕事内容は日本語教師、日本文化イベントの企画実行、日本駐在員のサポート及びアテンドなど。やれることは何でもやるスタイルで、幅広く働かせてもらった。

日本語教師をしていると、8割以上の生徒が「アニメを字幕なしで漫画を日本語で理解したい」という理由で日本語を学んでいると知った。日本のサブカルチャーの人気の高さに驚いたのを、今でも覚えている。そして、初級クラスのツカミに使わせていただいたのがドラゴンボールだった。

日本語教育の最初の壁はひらがな、カタカナで、文字の多さにどうしても挫折してしまう生徒が多い。そこで授業にドラゴンボールトリビアを混ぜることにより、生徒のモチベーションを上げることに成功した。

例えば、「みんなサイヤ人って知ってるよね?」と聞く。生徒は「GOKU!VEGETA!」と答える。「サイヤって何か知ってる?」と聞くと、勘がいい生徒は「サイヤという国籍の人だ」と答える。そこで私はいつも、サイヤという言葉はヤサイ(野菜)から来ていますと伝え、ホワイトボードに「ヤサイヤサイ」と繰り返し書き、「サイヤ」の部分を◯で囲み、「悟空のサイヤ人名は?」と質問する。するとすぐに「カカロット」と返ってくる。「伝説のサイヤ人は?」と聞くと「ブロリー」、「最初に地球を征服しにきたサイヤ人は?」と聞くと「ラディッツ」、「サイヤ人の王子は?」と聞くと「ベジータ」とすぐに返ってくる。

そして、カカロットはニンジンの英語キャロットから、ブロリーはブロッコリーから、ラディッツはラディッシュから、そして王子はベジタブルからベジータだと説明し、その名前をひらがな、カタカナで書かせた。どのクラスでも大ウケだった。

鳥山明先生のキャラクターネームはシンプルなので、色々なところで活用できた。

2020年、新型コロナウイルスの影響で、日本語教室はオンライン授業に切り替わった。オンラインクラスで世界中の生徒に日本語を教える場でも、ドラゴンボールトリビアを使った。評判がよく、私の授業はネットCMに使われた。ドラゴンボールのおかげだ。メキシコだけでなく、世界でもウケることがわかった。

新しいドラゴンボールの映画は、メキシコでも劇場で上映される。生徒たちに誘われて行くと、観客のほとんどがドラゴンボール関連のTシャツを着ていて、戦闘シーンでは¡Dale Goku!¡Vamos Goku !と叫び始めた。日本の映画館では私語厳禁だが、メキシコ人にとってドラゴンボールはプロレスと同じなのであろう。映画が終わるとスタンディングオーベーション。日本より人気があるのではないかと思った。

日墨協会でのどんな仕事でもドラゴンボールの話題が出た。息子にGOKUと名前をつける予定だ、という人までいた。こんなに影響力のあるアニメはドラゴンボールだけだろう。

メキシコ在住7年目の現在も、日墨協会に携わりながら、フリーランスで野球通訳の仕事もしている。

野球のメキシカンリーグはアメリカから地理的に近いこともあり、メジャーリーグ挑戦の第1歩として、毎年、日本やドミニカ、プエルトリコ、ベネズエラ、コロンビア、ブラジルなどの選手がチャンスを求めて挑戦しに来ている。

今、メキシカンリーグの名門ディアブロス・ロホス・デル・メヒコで、プレシーズンの春キャンプに招待された日本選手3人の通訳をしている。大谷翔平選手の活躍、2023年WBCの優勝もあり、日本野球への評価は高く、ラテンの選手たちは日本選手と話したくてしかたがないらしい。

夕食のバイキングでプエルトリコ人のキャッチャーがドラゴンボールのTシャツを着ていた。意外なことに日本人選手たちはドラゴンボールを見たことがなかった。それでも、かめはめ波くらいは知っていて、言葉が通じない中、ラテン選手たちとかめはめ波ジェスチャーなどでコミュニケーションをとっている。夕食でひと盛り上がりした直後、鳥山明先生の訃報が届いた。只今、メキシコのSNSでは様々な企業やスポーツチーム、日系コミュニティの鳥山明の死を悲しむ投稿で溢れかえっている。モンテレイの有力紙ElNorteもその訃報を速報として報じるほどだ。

今思えば、メキシコでどんな仕事をしている時でもドラゴンボールに助けられていた。そして、これからも助けられるだろう。

鳥山明先生にお会いしたことはないですが、大変お世話になりました。心から感謝しています。そして、心よりご冥福をお祈り致します。

Que descanse en paz Toriyama sensei.

以  上

「投稿欄」編集人桜井追記

「ドラゴンボール」等の作者として世界的に有名な鳥山明氏が3月1日に死去された。世界80カ国で愛読され、その単行本の発売は2億6000万部に達するという。ニューヨークタイムズや英国のBBC、フランスのル・モンド等世界中のマスコミはその訃報を報じ、フランス大統領、英国、韓国、中国の外務省等からも弔辞があったという。日本でもマスコミで大きく取り上げられた。例えば、日本経済新聞も3月9日付けの朝刊の第1面に取り上げられ、同時に社会面で、8段抜きで詳細に紹介している。

おそらく、鳥山明氏は世界中で最も名の知れた日本人であると思われる。そう言えば、ラテンアメリカ協会のホームページの「投稿欄」に「スペイン、ラテンアメリカで有名な日本人は?」という原稿を投稿した。https://latin-america.jp/archives/34273

テレビ朝日系で、2018年中に放映された番組「陸海空 地球を征服するなんて」という番組で、世界の様々な国で「有名な日本人」を現地の人々に質問し、その中から、ベスト10を選び出すという内容であった。その結果をみると、メキシコでは堂々1位、アルゼンチンでは、2位、スペインでは、4位、ブラジルでは7位というものであった。本年のアカデミー賞で宮崎駿氏の「君たちはどう生きるか」で長編アニメーション賞を受賞した。

まさに日本のマンガ、アニメは国の宝的な存在であると言えよう。

以  上