『インカ帝国 -歴史と構造』 渡部 森哉
中央公論新社 2024年5月 391頁 2,400円+税 ISBN978-4-12-110150-1
無文字社会でありながら南米最大の文化を築き上げたインカ帝国については研究書・解説書が多く出ているが、その多くは主にスペイン征服者・植民地支配者が遺したクロニカに基づくものであった。近年は考古学で判ってきたデータ、社会構造分析、当時の行政文書の解析などを組み合わせた研究が進んでおり、著者は専攻してきたアンデス考古学研究のペルー北高地での遺跡発掘調査経験を活かして、地球上の諸文化の間には相違点がある一方で共通点も多々あり、古代アンデス文明の研究を通じて人類の理解の枠組みをより整合性の高いものにできるはずとの考えで考察している。
本書がこれまでのインカ解説書と異なるのは、インカ帝国に生きた人々の様々な活動の実態を明らかにすることで、インカ帝国の全体像を浮かび上がらせようとしたことにある。キープ(数字を伝える紐)やクロニカ等史料、時間と暦、起源の時空間、道と人・物の移動と貯蔵、物質の製作・建物の建造、統治の仕組み、多民族集団と分割法、図像、勢力拡大のための戦争など個別的な分析を積み重ねることで、インカ帝国の全体像を再現しようとしていることである。著者は現在南山大学人文学部教授。『インカ帝国の成立−先スペイン期アンデスの社会動態と構造』(春風社-南山大学学術叢書、2010年3月https://latin-america.jp/archives/5802 )の著作や共著がある。
〔桜井 敏浩〕
〔『ラテンアメリカ時報』2024年夏号(No.1447)より〕