執筆者:桜井悌司(ラテンアメリカ協会顧問)
2021年3月、当協会のホームページに「スペイン、ラテンアメリカからの観光客の推移と日本の受け入れ態勢」 https://latin-america.jp/archives/47137 と題するレポートをまとめた。本レポートは、その後の動向をフォローするものである。
日本政府観光局の発表によれば、2024年中に日本を訪れた外国人数は、前年比47.1%増の36,870,148人に達した。新型コロナウイルス以前の2019年は、31,382,049人であったので、17.5%の伸びを示したことになる。2025年の数字は、1月~4月の数字が発表されているが、14,446,600人で前年同期比27.5%と引き続き好調を保っている。待望の4千万人突破も見えてきた。新型コロナウイルスにより、2020年には、4,115,828人、2021年には、245,862人、2022年には、3,832,110人と大きく落ち込んだが、コロナ前の水準もようやく超えたことになる。
表1は、2011年から2024年までの15年間で、スペイン、ポルトガル、ラテンアメリカからの訪日客数の統計である。2024年の数字で見ると、スペインからは、182,284人(23年比伸び率57.3% 以下同じ)、ポルトガルからは、42,300人(52.1%)、メキシコからは、151,835人(60.1%)、その他中米・カリブからは、155,625人(90.1%)、ブラジルからは、85,609人(69.3%)、その他南米からは、70,016人(43.5%)で合計すると、687,669人で、全体訪日客数36,870,148人(47,1%)の1.9%を占めている。ブラジルを除く南米からの訪日客数を除き、全体平均伸び率を大幅に上回る客数が訪日していることが理解できる。
次にコロナ以前の2019年と比較すると、スペインは、40.0 %増、ポルトガルは、30.8%増、メキシコは、111.6%増、その他中米・カリブ海諸国は、832.5%増、ブラジルは、79.9%増、その他南米は、10.0%増となっており、その他南米を除き、この期間でも、全体訪日客数の伸び、17.5%を大きく上回っていることがわかる。コロナ前の2019年には、合計362,226人で1.2%のシェアであったが、2024年には、1.9%大きくシェアを伸ばしている。このレポートの対象地域からの訪日客数の伸びは平均の伸びより大きく上回っており、それに伴い全体に占めるシェアも、絶対数はまだまだ少ないものの、今後さらに高まることが予想される。
表1 スペイン、ポルトガル、ラテンアメリカからの訪日客数(2011~2024年)
年 | 総数 | 西 | 葡 | 墨 | 中米 | 伯 | 南米 |
10 | 8,611,176 | 44,076 | 10,313 | 19,248 | 6,111 | 21,393 | 18,088 |
11 | 6,218,752 | 20,814 | 6,227 | 13,080 | 4,780 | 18,470 | 13,292 |
12 | 8,358,105 | 35,207 | 8,408 | 18,502 | 5,835 | 32,111 | 19,040 |
13 | 10,363,904 | 44,461 | 11,604 | 23,338 | 6,597 | 27,105 | 22,825 |
14 | 13,413,467 | 60,542 | 14,439 | 30,436 | 7,348 | 32,310 | 24,563 |
15 | 19,737,409 | 77,186 | 18,666 | 36,808 | 9,150 | 34,017 | 41,070 |
16 | 24,039,700 | 91,349 | 21,424 | 43,509 | 10,979 | 36,888 | 41,070 |
17 | 28,691,073 | 97,314 | 23,442 | 63,440 | 12,739 | 42,207 | 49,399 |
18 | 31,191,856 | 118,901 | 26,508 | 68,448 | 14,264 | 44,201 | 60,603 |
19 | 31,382,049 | 130,243 | 32,349 | 71,745 | 16,689 | 47,575 | 63,625 |
20 | 4,115,828 | 11,741 | 3,170 | 9,528 | 2,620 | 6,888 | 11,334 |
21 | 245,862 | 3,053 | 728 | 1,124 | 1,552 | 2,731 | 2,473 |
22 | 3,832,110 | 15,926 | 4,458 | 9,152 | 3,467 | 9,436 | 8,216 |
23 | 25,066,350 | 115,874 | 27,812 | 94,684 | 17,266 | 50,570 | 48,780 |
24 | 36,870,148 | 182,284 | 42,300 | 151,835 | 155,625 | 85,609 | 70,016 |
率 | 47.1% | 57,3 | 52.1 | 60.1 | 90.1 | 69.3 | 43.5 |
出所:政府観光局 「注」:西(スペイン)、葡(ポルトガル)、墨(メキシコ)、中米(メキシコを除く中米及びカリブ海諸国、伯(ブラジル)、南米(ブラジルを除く南米諸国) 率は23年、24年の伸び率を表わす。
1) 通訳案内士合格者の推移
現在、日本では訪日観光客数の増加に伴い、オーバーツーリズムが話題になっている。今後さらにインバウンドが伸びることが予想されるが、ここでは、スペイン語、ポルトガル語に絞っていくつかの話題を提供したい。
前回の調査に続き、JNTO(日本政府観光局)が観光庁の代行機関として実施している全国通訳案内⼠試験において、スペイン語及びポルトガル語試験の受験者、合格者数の推移をみてみよう。通訳案内士試験は、1949年(昭和24年)に施行された通訳案内士法により開始された国家試験である。当初、資格を得た上で、都道府県に登録することが義務付けられていたが、2018年(平成30年)からは、通訳案内士の量的不足やガイドニーズの多様化に対応するため、自由化され資格を有しなくても通訳案内業を営むことが可能となった。過去15年の数字をみると、通訳案内業の受験者、合格者は全体的に低迷していることが理解できる。
表2は、2010年から2024年までの過去15年の「通訳案内士」試験の対象となっている10か国語の合格者数の推移を示したものである。これによると過去15年でスペイン語合格者数は、406人で全体の2.9%、ポルトガル語は、109人で全体の0.8%である。
表3、表4は、スペイン語とポルトガル語の受験者数、一次試験合格者数、最終合格者数、合格比率を表わす。コロナによる影響もあるが、ニーズの割には、受験者数、合格者数ともに増加していないことが理解できる。
スペイン語の合格者数は、2016年にピークの59名に達したが、2020年から2024年の過去5年では、受験者数が99名から129名で合格者数は、11名から19名と大きく減少している。ポルトガル語の合格者数は、2015年、2017年の15名に達したが、ここ5カ年でみると、受験者数は、23名から35名、合格者数は2名から6名と非常に少ない。
スペイン、ポルトガル、ラテンアメリカからの訪日者は比較的裕福な層が多く、前述のように全体平均をかなり上回る勢いで増加しているので、今後通訳ガイドに対するニーズも高まっていくものと思われる。受験者数、合格者数を増加させるには、大学でスペイン語、ポルトガル語を教える先生たちのより一層の努力が要請される。日本語検定試験、スペイン政府が実施するDELE、通訳案内業試験に対し、チャレンジする学生等を増加させることが必要である。また日本には、ブラジルやペルーからの在住者が多いところから、彼らにも受験しやすいようなシステムの構築も重要である。
表2 過去15年間の通訳案内業試験の語学別合格者数(2010年~2024年)
年度 | 英 | 仏 | 西 | 独 | 中 | 伊 | 葡 | 露 | 韓 | タイ | 合計 |
2010 | 495 | 57 | 46 | 12 | 47 | 2 | 8 | 12 | 125 | 4 | 804 |
2011 | 467 | 61 | 43 | 18 | 61 | 8 | 5 | 15 | 100 | 2 | 778 |
2012 | 398 | 45 | 24 | 15 | 130 | 18 | 9 | 13 | 52 | 3 | 707 |
2013 | 892 | 41 | 29 | 13 | 140 | 15 | 6 | 17 | 52 | 2 | 1205 |
2014 | 1422 | 49 | 27 | 19 | 86 | 4 | 9 | 11 | 30 | 1 | 1658 |
2015 | 1822 | 71 | 43 | 24 | 81 | 9 | 15 | 10 | 40 | 4 | 2119 |
2016 | 2008 | 67 | 59 | 31 | 137 | 12 | 10 | 13 | 60 | 3 | 2400 |
2017 | 1304 | 62 | 36 | 20 | 143 | 11 | 15 | 8 | 53 | 3 | 1663 |
2018 | 584 | 33 | 23 | 5 | 162 | 20 | 5 | 4 | 29 | 1 | 866 |
2019 | 505 | 21 | 18 | 3 | 154 | 19 | 1 | 4 | 17 | 0 | 742 |
2020 | 410 | 9 | 5 | 11 | 29 | 6 | 3 | 1 | 15 | 0 | 489 |
2021 | 251 | 25 | 13 | 6 | 25 | 5 | 3 | 3 | 15 | 1 | 347 |
2022 | 452 | 12 | 16 | 11 | 38 | 12 | 6 | 5 | 19 | 0 | 571 |
2023 | 357 | 9 | 10 | 6 | 31 | 7 | 2 | 3 | 10 | 1 | 436 |
2024 | 303 | 12 | 14 | 3 | 31 | 2 | 4 | 6 | 9 | 1 | 385 |
累計 | 11301 | 574 | 406 | 197 | 1295 | 150 | 109 | 125 | 626 | 26 | 14170 |
% | 79.8 | 4.1 | 2.9 | 1.4 | 9.1 | 1.1 | 0.8 | 0.9 | 4.4 | 0.2 | 100.0 |
注:比率は四捨五入
表3 スペイン語による通訳案内業試験の受験者・合格者数(2021年~2024年)
年 | 受験総数 | 一次試験合格者数 | 最終合格者数 | 合格比率 |
2020年 | 129名 | 15名 | 5名 | 3.9% |
2021年 | 117名 | 19名 | 13名 | 11.1% |
2022年 | 99名 | 19名 | 16名 | 16.2% |
2023年 | 100名 | 18名 | 10名 | 10.0% |
2024年 | 116名 | 11名 | 14名 | 12.1% |
累計 | 561名 | 82名 | 58名 | 10.3% |
表4 ポルトガル語による通訳案内業試験の受験者・合格者数(2021年~2024年)
年 | 受験総数 | 一次試験合格者数 | 最終合格者数 | 合格比率 |
2020年 | 35名 | 4名 | 3名 | 8.6% |
2021年 | 25名 | 13名 | 3名 | 12.0% |
2022年 | 32名 | 5名 | 6名 | 18.8% |
2023年 | 32名 | 13名 | 2名 | 6.3% |
2024年 | 23名 | 10名 | 4名 | 17.4% |
累計 | 147名 | 45名 | 18名 | 12.2% |
2) 使用言語にみる観光庁・政府観光局・東京観光財団の広報活動
上記3組織のホームページの使用言語につき調査してみよう。
1)観光庁のホームページの使用外国語
国土交通省の外局である観光庁は観光行政を司る官庁であるが、ホームページの使用言語は英語のみである。実施機関として政府観光局(国際観光振興機構)があるとしても、観光促進という世界を相手にする業務から考えてもう少し多くの言語を使用し、より国際的であってもよいと思われる。
2) 独立行政法人国際観光振興機構(政府観光局)のホームページの使用外国語
政府観光局は東京オリンピックの開催年である1964年に設立された政府機関で、訪日外国人の誘致を目的とする。そのホームページの観光案内(Travel Japan The Official Japan Guide)は下記の14言語(27カ国)で表示している。英語(9)、中国語(3)、韓国語、インドネシア語、タイ語、ベトナム語、フランス語(2)、ドイツ語、イタリア語、ロシア語、スペイン語(2)、ポルトガル語、アラビア語、日本語である。
政府観光局の海外事務所は19ヶ国24カ所で、主としてインバウンド客が期待されるアジア、欧米等の国々に設置されている。本調査の対象地域にはマドリード事務所とメキシコ・シテイがある。
3)東京観光財団(TCVB)ホームページの使用外国語
東京観光財団は2003年に事業を開始。東京商工会議所等民間の団体や企業の協力を得て、「東京都」の観光振興を目的とする団体であり、東京都の観光行政の補完的役割を担う組織である。
そのホームページは、英語、中国語(2)、ハングル語、フランス語、ドイツ語、イタリア語、スペイン語、アラビア語の9か国語で紹介されている。
代表的な出版物として、「東京トラベルガイド」(90ページ以上)と「地図」が挙げられるが、英語、中国語(2)、ハングル語、フランス語、ドイツ語、イタリア語、スペイン語、タイ語の9か国語で発行されている。このパンフレットは簡潔かつ有意義な資料と言える。スペイン語のパンフレットは、「TOKIO Guia Turistica」で、後述する東京観光情報センター等で入手できる。
その他https://www.gotokyo.org/book/et/list を見れば、スペイン語やポルトガル語の資料の発行状況がわかる。以下紹介する。
「台東区発行のもの」
Mapa Turístico de la Ciudad de Taito (台東区の観光地図、スペイン語)
Mapa Turístico da Cidade de Taito (台東区の観光地図、ポルトガル語)
Taito, Tokio Guía de viaje (台東区の観光ガイド、スペイン語)
Guía Turística de Taito, Toquio (台東区の観光ガイド、ポルトガル語)
「地図類」
Asakusa (スペイン語、ポルトガル語) 浅草
Kuramae Asakusabashi (スペイン語、ポルトガル語) 蔵前、浅草橋
Yanaka (スペイン語、ポルトガル語) 谷中
Ueno (スペイン語、ポルトガル語) 上野
「新宿区発行のもの」スペイン語
「Mapa turísticoシリーズ」
Arlededor de la Estacion de Shinjyuku 新宿駅界隈
Ochiai 落合
Yotsuya 四谷
Kagurazaka 神楽坂
TAKADANOBABA/WASEDA/OKUBO 高田馬場・早稲田・大久保
Planos de los lugares de interes de Shinjyuku 新宿の興味ある場所地図
「府中市発行のもの」
Fuchu Guía Turística (スペイン語) 府中観光ガイド
また東京観光情報センターは、下記のスポットに設置されており、各種資料を入手できる。とりわけ、東京都庁とバスタ新宿の案内所は東京都全体の観光情報が入手できる。
*東京都庁(東京都庁第一本庁舎1階)
*バスタ新宿(バスタ新宿3階)
*羽田空港(羽田空港第三ターミナル2階)
*京成上野(京成上野駅改札前)
*多摩(ecute立川3階)
観光ガイドサービスも行っており、7言語(英語、フランス語、ドイツ語、イタリア語、スペイン語、中国語、韓国語)でのガイドサービスが利用可能。1カ月前~3日前までに予約が必要。Routeを設定しており、庭園散策、新宿、浅草等13のルートがある。加えて都庁案内ガイドサービス・展望室ガイドサービスも行っている。
「その他東京都の区単位の観光プロモーション」
東京都の23区には、それぞれ区役所があり、ホームページで区の行政について紹介している。そのほとんどは英語、中国語、ハングル語によるものであり、渋谷区役所は上記以外にフランス語、大田区の場合、タガログ語、タイ語、フランス語、ドイツ語も使用されている。さらに新宿区の場合、自動翻訳を使い、スペイン語、ポルトガル語を含む14カ国でホームページを読むことができる。
浅草や上野といった有力観光スポットを抱える台東区観光局のホームページの内容と主要活動につき紹介する。ホームページは、英語、中国語(2)、ハングル語、フランス語、タイ語、マレーシア語、インドネシア語がある。加えて、Google翻訳で、スペイン語、カタルーニア語、ポルトガル語を含めた101の言語で見ることができる。また浅草の雷門の前にある「浅草文化観光センター」は常に賑わっており、8階の展望テラス、2階の観光情報センター、7階の展示スペース、6階の多目的スペースも有効に活用されており、そこでは期間限定で30分の「芸者ショー」を無料で開催している。1階のインフォメーションでは、東京観光財団の外国語資料も配布されている。
各区役所の傘下に、「観光協会」と呼ばれる組織があり、区役所の政策に基づき、実践的な観光振興プログラムを行っている。例えば、墨田観光協会、千代田区観光協会、港区観光協会、新宿観光振興協会、渋谷区観光協会、太田観光協会等である。それらの観光協会は総じて、英語、中国語、ハングル語で情報提供を行っている。墨田観光協会はGoogle等の翻訳アプリで108カ国で案内している。江東区の「江東区深川江戸資料館」(Museo de Edo de Fukagawa de Koto)や「清澄庭園」(Jardines Kiyosumi)はスペイン語のパンフレットを提供している。
「東京都公園協会」発行スペイン語によるパンフレット(Spanish)も充実している。
Jardines Rikugien (六義園)
Jardines Koishikawa Korakuen (小石川後楽園)
Jardines Kiyosumi (清澄庭園)
Jardines Kyuu-Iwasaki-tei (旧岩崎邸庭園)
Jardines Hama-Rikyu (浜離宮恩賜公園)
Jardines Kyu-Shiba-rikyu (旧芝離宮恩賜公園)
Jardines Kyu-Furukawa (旧古河庭園)等
鎌倉市の観光部も積極的である。スペイン語によるコンパクトな鎌倉案内(KAMAKURA MAPA TURISTICO)を発行し、鎌倉駅東口の観光案内所で配布している。ホームページでも、スペイン語で「鎌倉市公式ガイドブック」で各名所を紹介している。
上記に紹介したように、対象地域からの訪日来客数は、1.9%に過ぎない。しかしながら、外務省のホームページの情報「日本と中南米」によると世界に人口の8.6%、GDPの7.4%を占めており、AESAN諸国の2.2倍のGDPを持っているポテンシャリテイのある地域である。将来のことを考慮するともう少し重視すべき地域と言える。英国の文化言語普及機関であるBRITISH COUNCILも英語を除く最も重要な言語としてスペイン語を挙げている。
現在では、Google翻訳アプリ、Deeple翻訳アプリ、ChatAI等翻訳の精度が増している。特に英語からの翻訳であれば、相当程度の正確度が得られる。翻訳アプリを活用し、その後にネーテイブのチェックを受けるようにすれば経費や時間もそれほどかからないので、各区役所や観光協会でも、可能な限り多言語に翻訳するよう望みたい。
NPO法人イスパニカ文化経済交流協会では、2017年より「東京をスペイン語で案内する」というプログラムを実施している。現在までに30回実施し、その際に活用したガイドを日本語・スペイン語・ポルトガル語に翻訳し、ラテンアメリカ協会のホームページの「お役立ち情報」にアップしている。
https://latin-america.jp/latin_data をクリックすれば、最初のページに出てくる。現在までに下記の名所編を見ることができる。
以 上