連載エッセイ555:冨田 健太郎「エクアドルの鉄道において、SLも走っていた」 | 一般社団法人 ラテンアメリカ協会

連載エッセイ555:冨田 健太郎「エクアドルの鉄道において、SLも走っていた」


連載エッセイ555

エクアドルの鉄道において、SLも走っていた

執筆者:冨田 健太郎(信州大学 工学部内 アクア・リジェネレーション機構)

1.はじめに

筆者はエクアドルにおいても、農業技術協力の経験を有しており、三度の入国を果たしている。初回(二回)赴任は、2014年-2016年(JICAシニア海外協力隊として)[1]および2016年-2017[2]年でシエラ地域のインバブーラ(Imbabura)県イバラ(Ibarra)市であり、三回目は、2018年-2020年(前記JICAとして)でコスタ地域のグアヤス(Guayas)県グアヤキル(Guayaquil)市である。この回の赴任時は、JICAにおけるチンボラソ(Chimborazo)県における村民生活向上プロジェクトに特別緊急協力として活動することとなり(JICAエクアドル事務所ならびに東京本部承認の下)、県庁所在地であるリオバンバ(Riobamba)市にある県庁にも籍を置いた。

同国では、国鉄Ecuador Trainにより、インバブーラ県イバラ市ならびにチンボラソ県リオバンバ市を中心に、鉄道(以下、トロッコ列車と記す)が運行しており、同市周辺でその写真や動画を収めることもできた。

これらトロッコ列車は、土日においての定期運用であり、観光を目的としている。線路幅は1435mmで、ヨーロッパと同じ標準軌であった。機関車はディーゼル機関車であったが、イバラ市では、蒸気機関車(SLも活躍していた。

なお、トロッコ列車は写真のみの説明では面白みがないので、本原稿の最後に、筆者がyou tubeにおいてアップした動画(エクアドルのマップにて、インバブーラ県とチンボラソ県の位置表示)が4本(BGM付)あるので、そのURLを提示しておく。

2.インバブーラ県イバラ市

写真1にイバラ駅の全景(左)と駅のアップ(右)を示す。ここは同国北部の乾燥アンデス地帯であり、山が鮮明に見えることが理解できる。写真(左)には、同市のシンボルであるオベリスクが存在する。


写真1 エクアドルのインバブーラ県イバラ鉄道駅, 2014


写真2 イバラ駅から出発するトロッコ列車, 2014


写真3 トロッコ列車の走行写真, 2014

写真2の左がイバラ駅を出発する光景であり、写真3は筆者が滞在していた住居近くからのトロッコ列車走行の走行写真(撮り鉄)である。幹線の真ん中に単線を敷いた形である。

3.インバブーラ県サリナス(Salinas)地域へ

2014年9月6日、同市で活動していた2名の青年海外協力隊員とともに、イバラ駅からトロッコ列車に乗って、終点であるサリナス地域を訪問した(同県北東部)。写真4の左は車内からの撮影光景、同写真右がサリナス駅で帰りの出発を待つ状態のトロッコ列車全景である。


写真4 車内からの撮影(左)とサリナス駅で帰りの出発を待つトロッコ列車(右), 2014


写真5 インバブーラ県サリナス地域の光景(2024年8月13日)

インバブーラ県の北東部のサリナス地域は、乾燥地帯であるため、前記したように山が鮮明に見える光景であった(写真5)。このサリナス駅では、最初に同地域の方々?による伝統的な踊りでもってもてなしをしてくれた(you tubeにもアップしており、これらの本稿最後のURLを参照)。その後、塩の博物館に案内された。インバブーラ県の山間地域では、海の塩ではなく 塩分を含んだ土壌(sal terrestre から塩を抽出する文化があり、トラス(塩土の残渣の山) を示している(写真6)。写真7は、原料となる塩土を採取して、伝統的な塩づくりの作業工程の解説である。


写真6 トラス(塩土の残渣の山)の写真, 2014


写真7 原料となる塩土を採取して、伝統的な塩づくりの作業工程, 2014

同地域観光旅行において、ガイドさんの説明より興味深い事項があった。それは、このサリナス(Salinas)のSalであるが、これは塩を意味する言葉であり、この地域では、塩が重要な市販物であった。この塩を売ることで外貨を得たことから、サラリー(Salary)という語源であり、全国的にも根付いている言葉なのである。

とにかく、塩類集積土壌が多い関係上、耐塩性作物の一つであるサトウキビの栽培を目にすることが多かった(写真8および写真9)。この地区では、サトウキビ生産が、主幹産業の一つであるということである。


写真8 同県サリナス地域の丘の上からのサトウキビ栽培光景(2024年8月13日)


写真9 同地域におけるサトウキビ地栽培光景(2017年1月)

4.新タイプのディーゼル機関車

写真10および写真11に新タイプのディーゼル機関車を示す。両写真とも、筆者の住居近くの幹線道路からの撮影であり、写真10がイバラ駅を出発して、サリナスへ向かうときのものであり、写真11がサリナスからイバラ駅に戻る途中の走行写真である。実は、自宅からトロッコ列車走行時に警笛を鳴らすので、その時間帯をほぼ理解していたため、往復時の通過時間が推測できた。そのため、その10分前に線路脇に到着し、動画撮影を行ったのである。これらの写真は動画からの写真である。ここでもう一つ面白いことは、トロッコディーゼル機関車は、両運転台において塗装の仕方が異なるということである。写真10は黒い塗装がなく、写真11では黒い塗装があることが分かる(写真2~写真4も参照)。


写真10 イバラ駅からサリナス地域へ向かうトロッコ列車, 2016


写真11 サリナスからイバラ駅に戻るトロッコ列車, 2016

5.大人気の蒸気機関車(SL)

写真12がインバブーラ県オタバロ(Otavalo)市にある駅から出発したもので、イバラ駅に到着した光景である(客車を2両連結して運行していた)。そして、写真13がスイッチバック方式によって、イバラ駅近くにある車庫に向かって走行している光景である。

この蒸気機関車も動画に収め、you tubeでアップしているので、汽笛も含めて、見ていただければいいと思う。正直、感動したものであり、地元のエクアドル人の中にも、写真撮影や幼子と一緒に撮影してもらっている方がおられた。


写真12 イバラ駅に到着した蒸気機関車+客車, 2016


写真13 イバラ駅近くにある車庫に向かう蒸気機関車, 2016

6.リオバンバ駅に到着している新タイプのディーゼル機関車

幸い、チンボラソ県リオバンバ市においても、インバブーラ県イバラ市と同一タイプのディーゼル機関車2台を見ることができた。写真14はリオバンバ駅に到着している新タイプの機関車である。なお、ここはドゥラン・ダビル線(Línea férrea de Durán a Devil’s Noseで、区間を指す場合はTren de Durán – Nariz del DiabloDevil’s Noseのスペイン語表記)であり、さらに短くNariz del Diablo(悪魔の鼻)と称されている[3]


写真14 リオバンバ駅に到着している新タイプのディーゼル機関車, 2020

ここでは、インバブーラ県と同様タイプの客車の他、モダンなタイプを目にすることもできた(写真15)。最後尾車は荷物車両であると思うが、これはリオバンバ駅到着後、しばらく経過してから車庫に入るため、バック運転での出発光景である。

写真16および写真17は、リオバンバ駅近郊となる地区での走行動画である。トロッコ列車の写真・動画撮影は土日を利用してのことであるが、2018~2020年までのグアヤキル市での活動は海抜5mの地点である。それに対して、緊急特別協力場所であったリオバンバ市の海抜は首都キト(Quito)市と同じ約2800m地帯であるため、筆者にとっては高山病に陥り、リオバンバ市近郊での土壌調査が円滑に進まない(途中で眠気が襲う)。それゆえ、グアヤキルでの仕事は金曜の午前中で早退し、午後にリオバンバ市に到着・当日は十分休養をとった。そして、高海抜に慣れるため、土日に市内近郊を散策し、そのときにトロッコ列車の動画撮影を行ったのである。



写真15 モダンなタイプのけん引客車, 2020


写真16 リオバンバ駅近郊でのトロッコ列車走行写真(その1), 2019


写真17 リオバンバ駅近郊でのトロッコ列車走行写真(その2), 2020

7.コロナ禍パンデミックによる緊急帰国(トロッコ列車での山岳旅行も不可となった)

2回目のリオバンバ市出張は2020年3月上旬のことで、このときに、配属大学(リトラル工科大学)や農牧省サンタエレナ支所の連名により、半年間の活動の延長が承認された(仕事の詳細は割愛)。実際、通常の任期として半年残っていたので20213月上旬まで活動できる筈であった。ところが、コロナによるパンデミックが激化し、この2回目出張の後、外務省よりJICA協力隊らの緊急帰国命令が発せられ、延長はパーとなり、同月20、欠航する便が多い中、急遽、オランダ航空により、同国アムステルダム経由で帰国となってしまった[4]

それゆえ、延長後の帰国間近に、同トロッコ列車による山岳地帯への旅行も不可となり、これは、参考文献にも記したが、ドイツ公共放送のyou tubeを参照されたい。

8.筆者による YouTube へのアップロード動画

以下に、エクアドルにおけるトロッコ列車(および SL)に関する YouTube 動画の URL を示す。トロッコ列車の走行光景SL の汽笛サリナス駅での伝統舞踊等を収録している。

なお、動画内の BGM で使用している『三丁目の夕日』および『小さな旅』については、下記のとおりである。

  • 本動画は当時筆者が作成した記録映像であること。
  • 音楽の著作権はすべて正当な権利者に帰属すること。
  • また、これら 4 本の BGM 付きトロッコ列車動画については、YouTube 上で収益化(広告収入)にまだ至っていない。(今後、収益化に到達することはないと思うが、到達したら、以下の動画は収益オフに設定する)。

YouTube URL

  1. エクアドル・インバブーラ県のトロッコ列車(BGM:三丁目の夕日)Memoria de Tren Ibarra

https://www.youtube.com/watch?v=A9ZlYOXCAA8

  1. エクアドルのイバラとリオバンバのトロッコ列車(BGM:小さな旅)

https://www.youtube.com/watch?v=8JC4_Ql_s5g

  1. エクアドルのイバラとリオバンバのトロッコ列車 2BGM:小さな旅)

https://www.youtube.com/watch?v=NSA5s-V9YYU

  1. エクアドルのイバラとリオバンバのトロッコ SL 列車 3BGM:小さな旅)

https://www.youtube.com/watch?v=quxn3c8RB6g

  1. インバブーラ県のサリナス駅の前での伝統舞踊(その1)(BGMなし)

https://www.youtube.com/watch?v=tEzd5n8rJkU

  1. インバブーラ県のサリナス駅の前での伝統舞踊(その2)(BGMなし)

https://www.youtube.com/watch?v=N7vBXEbj-VU

  1. インバブーラ県のサリナス駅の前での伝統舞踊(その3)(BGMなし)

https://www.youtube.com/watch?v=D9x0PXjDPzE

【参考文献】

  • DWはドイツ公共放送. Atravesando Ecuador en tren | DW Documental [5]

https://www.youtube.com/watch?v=Lk-svI4cvNw

  • 冨田健太郎. 2025. エクアドルの地域別農業の特色:コスタ・シエラ・オリエンテ地域別事例

https://latin-america.jp/archives/67392

[1] 初回赴任時は、インバブーラ県庁での植林のための土壌調査を主に実施したが、同県庁職員が、同国国立大学として、近隣の北部工科大学(Universidad Técnica del Norte: UTN)の大学院生であり、同氏の依頼で、同大学大学院教官としても活動した。そして、当初、同氏の修士論文指導副査教官となったが、主査教官の定年退職により、筆者が主査にさせられた。しかしながら、JICAの2年は長い期間でもあるが、物理的にこの期間で修士論文指導は不可能である。それゆえ、修士論文指導を完結させるため、筆者自身が必要な永住権や免許取得にチェレンジし、これらの資格を得ることができたので、有給教官として活動した。

[2] 2016年-2017年は、院生修士論文指導教官としての職務遂行のため、現職先より休職願いを受け、学術研究用プロフェッショナルビザ(9V EC)+教育省高等教育・科学・技術・イノベーション事務局(Secretaría de Educación Superior, Ciencia, Tecnología e Innovación: SENESCYT最高級(4級:Cuarto nivel)の上級研究員・大学教員免許取得下での有給で大学院教官を継続し、任務完了後に帰国した。

[3] リオバンバアラウシ(Alausíシバンベ(Sibambeを結ぶ路線の中で、特にアラウシ周辺の急傾斜をスイッチバック方式で下る世界的に有名な難所であった。エクアドル・アンデス山地にある絶壁状の断崖地形が『悪魔の顔の鼻』のように見えることから、この名が付けられている(詳細は割愛)。

  • 標高差:およそ 500〜600 m
  • 最大勾配:およそ 1:18(鉄道としては非常に急勾配)
  • 建設時期:1901~1908年
  • 世界で最も危険な鉄道路線の一つと呼ばれていた

[4] 上記大学より空港までの移動は、車での移動が制限される中(同国では、車のナンバープレートによる移送制限・禁止令が発令)、偶然、駐在大学スタッフの協力により、走行タクシーを見つけてくれ、偶然とももいうべきグアヤキル国際空港へ到着できた。JICA関係者にとっても初体験であり、自力でエクアドルから脱出せざるを得なかったのである)

[5] エクアドル国鉄(Ecuador Train)は2020年のコロナ禍以降、事実上の運休・組織解体が進んでおり、Nariz del Diablo のトロッコ型観光列車も 当時の形ではほぼ乗車不可となったようである(ChatGPTによる見解)。それゆえ、ドイツ公共放送の動画は、歴史的価値のある記録となったといえよう。