連載エッセイ430:桜井悌司「ラテンアメリカ赴任者心得帳」 | 一般社団法人 ラテンアメリカ協会

連載エッセイ430:桜井悌司「ラテンアメリカ赴任者心得帳」


連載エッセイ430

ラテンアメリカ赴任者心得帳

執筆者:桜井悌司(ラテンアメリカ協会顧問)

2019年8月に当協会の投稿欄に「連載エッセイ16 新しいラテンアメリカの人材を求めて」   https://latin-america.jp/archives/39074 という記事を寄稿しました。その中で、ラテンアメリカ向きとして望まれる人材を列挙しました。例えば、

① CSR(企業の社会的責任)センスのある人材
② 全体を見渡せる人材―総合力・バランス力のある人材
③ 提案力のある人材
④ 自説をしっかり主張し、情報発信できる人材
⑤ 本社を説得できる人材、本社は最大の敵と考える
⑥ 周りを巻き込む情熱を持った人材
⑦ ラテンアメリカが好きな人材、少なくとも嫌いでない人材
⑧ SNS、AI、IoT、ICTに強い人材、少なくとも弱くない人材
⑨ 日系人を理解し、一緒に働ける人材  等々です。

これらは組織の立場に立って優秀かつ必要な人材について述べたものですが、本稿では、駐在員個人として、仕事や生活を楽しくするためにどのような点につき留意すべきかについて述べることにします。

心得1 赴任前に可能な限り、経験者、関係者に取材すること

赴任が決まり実際に赴任するまでにどの程度時間の余裕があるのかは、組織によって異なると思われますが、3か月以上あるという前提にします。赴任が決まると最初にやるべきことは、関係者に対して赴任の心得や赴任国の情報、仕事の仕方、赴任先での楽しみ方等について、徹底的に取材することです。これにより、赴任後の仕事や私生活の効率性が格段に良くなります。ジェトロに入会して、4回の駐在がありました。メキシコ、チリ、イタリア、ブラジルです。研修とセビリャ万博での長期スペイン滞在を加えると5回になります。私は赴任が決まると、事前に多くの方々に赴任に当たってのアドバイス求めたり、必要情報の入手に務めることにしていました。その中には、ジェトロの全ての前任者、在京大使館、海外の貿易振興機関、外務省、経済産業省、経団連、日本商工会議所、赴任国に事務所を持っている商社等です。取材から得られた情報は赴任後に大いに役立ちました。赴任後は、赴任地の大使館、総領事館、日本人商工会議所、駐在商社等、日本人関係者、現地の取引先等への挨拶も大切です。情報入手先は企業や組織によって異なるでしょうから、取材先のリストを作成し、実行に移すことをお勧めします。時間の余裕があるなしに関わらず、当該国の語学の習得努力は必要です。できれば、語学学校に通って勉強することをお勧めします。

心得2 赴任国に関する書籍、レポート等を収集し、可能な限り赴任前に読み、駐在地に持参すること

赴任するからには、赴任国を好きになるように努力すべきですが、少なくとも嫌いになってはいけません。そのためには、事前に赴任国に関するあらゆる情報を入手し、理解するように努めることが必要です。そのためには、前述のような取材に加えて、書籍や映像によって予め必要情報を入手しておくことが望まれます。赴任国の政治・経済・社会情報の入手は当然ですが、歴史、国民性、文化、スポーツ等の情報も必須と考えます。語学の文法書や英語、スペイン語、ポルトガル語の辞書も必携です。赴任国や地域の著名な作家による小説等も含まれます。ラテンアメリカ・カリブ諸国には、7名のノーベル文学賞受賞作家がいます。現地で要人との面談や食事の時に読んだ小説等について話題にすると尊敬を勝ちうる可能性が大です。どの世界でも。どの国でも、自国を理解しようと努力している外国人には敬意を払うものです。引っ越し荷物の中に可能な限りの書籍、映像を入れておくようにしたいものです。日本から持参すべき生活必需品等については、前任者と細目を相談して決めるようにしましょう。

心得3  家族同伴で赴任する

昔、「駐在は家族帯同か単身赴任か?(https://nipo-brasil.org/archives/10513)という記事を執筆しました。サンパウロに駐在して驚いたことは、駐在員の単身赴任が多いことでした。おそらく商社やメーカーの社長クラスの半分は単身赴任であろういう印象を持ちました。単身赴任の理由は、①子供の教育上の心配、②治安の悪さのために家族を帯同できない、③親の介護のお世話を奥さんに任せなければならない、④奥さんが来たがらない等々でした。ここで、家族同伴と単身赴任のメリット、デメリットを挙げますとおおむね下記のようになります。

  家族同伴 単身赴任
長所 *生活が安定する

*旅行、パーティ、買い物等で家族と思い出をシェアできる

*奥さん人脈、子供人脈で人間関係が広がる

*国際的に見てごくノーマルな状態

*子供をインターナショナル・スクールに通わせることにより、国際人に育てることができる

*時間が自由に使える

*仕事に専念できる

*好きなことに没頭できる(ゴルフ、旅行、恋愛、遊び、研究・学習等)

短所 *子供の教育に不利になる可能性がある。現地日本人学校に通っても帰国後、メリットが無い。

*インターナショナル・スクールなど

では、授業料が高い

*生活が不安定かつ単調になる

*家族関係、夫婦関係が希薄になる

*現地に融け込めない

*国際的に見て異常

 

思いつくまま挙げてみましたが、どう考えてみても、単身赴任のメリットはそれほど多くはないように思えます。単身赴任か、家族同伴化かは個人個人の考えは異なると思いますが、やはり、どこか不自然で国際スタンダード、グローバル・スタンダードとは言えません。現地の方々に、日本人の単身赴任者の多さにつき説明しても納得が得られませんし、不可解な日本人という印象が残ると思われます。

ラテンアメリカ諸国における日本人学校は、いずれも生徒数の減少に悩まされています。例えば、サンパウロ日本人学校の生徒数も120人弱と言われています。一度、他の国々の学校、例えばドイツのエリート校などとの総合的実態比較調査をし、進出しやすい環境つくりを目指して欲しいものです。この問題についてもっと派遣元の政府、政府機関、団体、企業はもっと真剣に考えるべきでしょう。

心得4 アミーゴをつくるには

世界中共通ですが、とりわけラテンの世界では、アミーゴをつくれば、駐在生活は楽しくなります。では、どうすればアミーゴをつくることができるでしようか? 昔、「ラテン世界でアミーゴをつくるには」 (https://nipo-brasil.org/archives/13832)、「食事の勧め」( https://latin-america.jp/archives/34687) という記事を執筆しました。その中で、simpático とかsimpáticaの重要性について紹介しました。

simpático は、名詞であるsimpatíaの形容詞ですが、simpatíaを辞書で引いてみると、好感、親愛の気持ち、魅力、共感、同情と言った言葉が出てきます。その形容詞であるsimpático(a)となると、感じのいい、好感の持てる、親切な、好意的な、愛想のよい、共鳴できる等の意味が出てきます。ラテン圏でアミーゴをたくさん作るには、simpáticoでなければならないことになります。では、どうすればsimpáticoとよばれるようになるのでしょうか? 私の経験では、下記の10のことを実践すればいいのです。

① 明るくかつ楽観主義的に振舞う、 ② 笑顔・スマイルを忘れない。③ 自分から積極的に挨拶する。挨拶はコストゼロのマーケティングツールです。④ 大きな声でたくさん話す。 ⑤ 好奇心を発揮する。⑥ 「イエス」と「ノー」をはっきりさせる。 ⑦ 良好な人間関係の維持に最大限の努力を惜しまない、日頃のメンテナンスが大事です、⑧ ユーモアを忘れない。日常会話でジョークのウエート大のため ジョークに関心が高い人材は歓迎されます。 ⑨ 相手をよく知る。そのためには一緒に食事をすることが効果的です。⑩日本の政治、経済、社会、歴史、文化等にについてしっかり勉強し、相手の外国人にうまく説明できるように準備する。

心得5 ラテン系の国民性・メンタリティをしっかり理解する

メキシコ、チリ、ブラジル、スペイン、イタリアに15年半駐在しました。その間、ラテン系の人々の国民性や特徴について大いに学びました。その間の事情を「ラテン・マジックについて」その1,その2にまとめました。
https://latin-america.jp/archives/41753
https://latin-america.jp/archives/42442

私の考えるラテン・マジックとして、14の項目を挙げました。詳細は上記原稿をご覧ください。

① 頼まれ案件がいつの間にか、こちらが頼んだ案件のようになるというマジック
② 途中、ハラハラさせられるが、最後にはつじつまを合わせるというマジック
③ 突貫工事マジック
④ 自分たちファースト・マジック
⑤ アミーゴ・マジック
⑥ 攻勢に転ずると手が付けられないマジック
⑦ 最も大切なもの、休暇マジック
⑧ ダメ元マジック
⑨ 神がかりマジック
⑩ だまされたほうが悪いというマジック
⑪ 盗まれる方が悪いというマジック
⑫ 大いなる寛容性マジック
⑬ リカバリーショットOKマジック
⑭ ポピュリズム大好きマジック

以上のラテン・マジックを理解したうえで、全て対応すればうまく行く可能性が大です。

心得6 家族で駐在生活を楽しむには

せっかく駐在したからには、仕事や私生活を楽しみたいものです。旅行、ピクニック、買い物、習い事、音楽・芸術鑑賞、スポーツ観戦等、どこの駐在地でも探せば結構あるものです。昔、「サンパウロ駐在生活の楽しみ方」(https://nipo-brasil.org/archives/8551) という記事をチリのサンテイアゴ、イタリアのミラノ、サンパウロ駐在の経験から執筆しました。サンパウロ駐在が中心ですが、他の国や都市でも役立ちます。要は、どうすれば駐在生活をエンジョイできるのかを真剣に考え、そして楽しいことを探し出すという姿勢が大切です。男性は、ゴルフばかりに熱中せず、家族で楽しめることを探すべきでしょう。日本にいてはできないことが沢山あります。例えば、乗馬、射撃、ダンス、刺繍等を習ったり、家族そろって、バス旅行をしたり、世界遺産巡りをするなどはお勧めです。要は、好奇心を持ち、情報ネットワークを張り、常に情報入手に努めることが大切です。

心得7 焦らず、急がず、諦めず、楽観主義(楽天主義)に徹する

ラテン世界で、仕事や私生活をするうえで、「焦らず、急がず、諦めず、楽観主義に徹する」の4つのことを心に留めておくことをお勧めします。これらの点につき過去に、下記の3本のエッセイを執筆しました。

「ブラジルやラテン世界でフラストレーションなく仕事をする方法」

https://nipo-brasil.org/archives/8557

「ブラジルでうまく取材するには」 (https://nipo-brasil.org/archives/8705

「詰めれば詰めるほど甘くなる」 (https://nipo-brasil.org/archives/14795

ラテンの世界では、仕事をするにせよ、Hasta mañana(明日またね)に悩まされたり、私生活では、商品の納入や各種修理が予定通りに進まない等の問題が多々生じます。その時には、焦らずにじっと我慢をすることも必要です。また悲観主義でいると、ほぼ必ず悪い方向に進み、悪循環に陥ります。したがって、「なるようになるさ」という開き直りの精神を持つことも大切です。「Que será será」の精神です。

心得8 自分の身は自分で守る

最近日本でも、あちこちで傷害事件や匿名・流動型犯罪グループによる犯罪が増加していますが、それでも日本は、極めて治安の良い国だと言えます。その点、ラテンアメリカは総じて治安が悪く、殺人事件や盗難事件が多発しています。したがって、駐在すると常に治安に敏感にならざるを得ません。自分の身は自分で守ることの必要性を切実に感じることになります。一つだけアドバイスするとすれば、現地の人々をよく観察し、真似をすることです。現地の人と仲良くしたり、自分の知識をシェアしてあげたりすると、相手も色々な情報をくれるようになります。治安情報も公的情報よりははるかに早く実践的です。また、例えば、クレデイット・カードやパスポートを盗られた場合の対応策、①クレデイット会社に連絡し、支払いを止めてもらう、②現地の警察に行き、盗難照明を発行してもらう、③大使館や総領事館に行き、パスポートの新規発行手続きを依頼する などもすぐに実行できるようにすることが必要です。

過去の下記の2本の関連記事を執筆していますので、ご覧ください。

「治安について考える」(https://nipo-brasil.org/archives/9109
「サンパウロでサッカー見学の際に心得るべきこと」(https://nipo-brasil.org/archives/8861

心得9 個人個人が強くなる

ラテン世界で仕事をしたり、生活を営んでいくと、徐々に慣れてきます。個人主義の世界では、個人個人が強くなることが必要です。たくさんのアドバイスがありますが、ここでは次の4つを紹介します。

① しゃしゃり出るようにする

昔、イタリアのミラノに赴任が決まり、例によって取材しましたが、その中で、著名なイタリア人ビジネスマンであるスイスの金融会社UBSの駐日代表のヴィットリオ・ボルピさんと面接しました。その時、「桜井さん、一つだけアドバイスします」ということを言われました。それは「Don’t be shy」というものでした。「Don’t be shy」というのは、内気になるなと訳するのだと思いますが、私もスパニッシュ・ラテンに10年もおりましたので、内気になったらいかに不利益を被るかを身にしみてわかっておりました。そこで「Don’t be shy」というのは「内気になるな」という訳ではなくて、「もっと積極的にしゃしゃり出ろ」と理解することにしました。結果は、想像以上でした。

日本人は総じて謙虚でおとなしい性格を持っており、なかなかしゃしゃり出る勇気を持てないのが実情です。しかし「しゃしゃり出る」くらいの意気込みで物事を立ち向かって、ちょうどラテン系の人とほぼ同等の立場になります。

チリのサンテイアゴには、1984年から89年の4年半駐在しました。当時、中曽根総理が発展途上国に対し、200億ドルのODA資金環流計画を打ち出したため、発展途上国のサポーターとしての日本が大きくクローズアップされた時代でした。重要なセミナー、会議、セレモニーに出席しますと、いつも最前列の席に案内されました。そうでなくとも極力前の席に座るようにしていました。現場にはテレビ局が取材に来ており、テレビ・クルーは常に最前列にいる参加者を撮影し、夜のニュースで放映することを常としていました。1度や2度ではダメですが、5度から10度くらいテレビに映されると、チリ人の知人や日本企業の駐在員、近所の人々が、「昨日のニュースに出ていましたね」と挨拶してくれたり、電話をくれました。要は、テレビに頻繁に写ると、VIPだと勘違いしてくれるのです。この勘違いが、私の仕事に大いに役立ちました。ジェトロのステータスは上昇しますし、私の知名度も上がりました。その結果、仕事がし易くなりました。

②変化に強くなる―即興力を高める

日本人の弱点は、変化が嫌いで即興力が弱いことです。例えば、ラテンの人に挨拶などを頼むと、あたかも事前に用意してきたように滔々と話します。日本人は、その点、十分に準備したうえでないとうまく話せないのです。セレモニーを行うときも入念に準備し、リハーサルをしないと心配で仕方がないのです。せっかくラテンの世界に生活するのですから、彼らの特技である即興力を見習い、身に着けたいものです。このことは、言うは易しいことですが、実行となると容易ではありません。日頃多くの引き出しに情報をしまっておく心がけが必要だと思います。その原動力は旺盛な好奇心です。これに関連した記事を紹介します。

「変化に強くなる―即興力強化の勧め」 (https://nipo-brasil.org/archives/8503) 

③ ダメ元の精神を会得する

ラテン世界に住んでいますと、「ダメ元」の重要性が良く理解できます。ラジル世界でもラテン世界でもアラブ世界でも「ダメ元」の世界なのです。彼らが持つこの「ダメ元」精神に、日本人は大いに悩まされることになります。日本人は、親切で誠意あふれる国民なので、相手が頼んでくれば、何とかしてお役に立ちたいと考えます。一方、彼らは、ほとんどの場合、もう少し気楽な感じです。頼んでやってくれるかどうかわからないが、とにかく頼んでみるといった感じなのです。日本人から見て公私混同と思われることも多々あります。彼らは、断られて元々と考えていますので、日本人がはっきり断ったとしても彼らは特に恨んだり、気にしたりすることはありません。日本人は、断れば、相手が気を悪くして、友情関係などが壊れるかもしれないと考えがちですが、全く考え過ぎと言えます。私も数多くの経験を通じて、ようやく、「ダメ元」主義が理解できるようになりました。そこで、私からもラ

テン人には堂々と「ダメ元」主義でいろいろ頼むことにしました。結果は良好でした。

これに関連した記事は下記の通りです。

「ダメ元の勧め」 (https://nipo-brasil.org/archives/9008) 

④好奇心は旺盛に、「調べ心」を強化する

好奇心を持つことは、大変大切です。好奇心は脳の活性化に繋がりますし、人生の生きがいにもなります。知識量の増加にも繋がりますし、老若男女の友人作りや孤独からの解放にも役立ちます。また1つの知識・体験から他の知識・体験へと点から点に繋がることもありますし、それ線になり、面になることもあるます。駐在国についての様々な情報を好奇心を持って、取材、調査すると新たな楽しみ、喜び、驚きを発見できます。延いては、仕事や私生活の充実に繋がることになります。

これに関連した記事は下記の通りです。

「好奇心の勧め その1,その2,その3」

https://latin-america.jp/archives/51011 
https://latin-america.jp/archives/51355 
https://latin-america.jp/archives/51921

以    上